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月出山よ...詩 : 朴魯忻(パク・ノフン)
최승준 기자 | 승인2019.08.26 10:18
大いなる岩の顔(パク・チョル作家)

月出山(ウォルチュルサン)がこれほど美しく、感動を与える山だとは今まで知らなかった。 まさに"小さな金剛山"だ。 この地方出身ではないが李陸史が描いたその悲しい詩を天皇峰(チョンファンボン)の頂上に思い浮かべる。 昨日、康津(カンジン)の永朗(ヨンラン)生家でお目にかかった色とりどりの永朗と吹雪の野原の気概に満ちた陸士はお互いに補色である。その二つを一度の旅行でお目にかかれるということは深い記憶として残るだろう。

月出山の頂上である天皇峯から午前5時40分に出る日の出を見ようと夜明け3時40分頃、月出山、幹の強震の方の鏡浦台(キョンポデ)探訪案内所を出発して頂上に向けて登る。 頂上まで3.3Kmだという。

真っ暗な道を進み二時間を登ると、他の山同様で頂上付近に近づくと険しい坂道が現れる。 さらに登ると月出山の頂上にある天皇峰に到達した。四方を密度高く満たした霧と雲の間に丸い月が西の空にちらほらと現われ、反対側の東側から朝日が赤く顔を出したり消えたりする。  皆、感心し撮影などでなんと2時間をその場で送る。

何十分も見とれてる内にお腹がすいてきたようだ。皆リュックからあれこれ取り出す。 昨晩準備しておいたパンをはじめ自分だけの登山必須のおやつが次から次へと登場する。 ようかん、菓子パン、お菓子... 山登りでは常に水2本だけを持っていくのが私の今までのスタイルなので少し違和感こそあったが、たまにはこうしてみんなで食を楽しむのもいいことだと感じた。

下山する道のりが目の前に広がっているが、あまりにも長く見える。 これから百メートル以上は垂直な壁を下りなければならない。ぞっとする感覚が体中駆け巡る。 5.8Km先を行けば道岬寺に達するという。そこが下山終了点である。息を止めるような絵に描いたような風光の垂直な壁を下り歩みを終え、稜線に沿り上がり下がりしながら道のりは続く。垂直に続く道はとても美しく皆、携帯を片手に忙しい。

岩の塊である九井峰と午前11時に太陽の日差しの作用で人の顔のような形がはっきりと浮かぶ大岩顔、パラム峠、ススキ畑をつたるコースだ。 人一人がやっとのことで体を出せる男根岩のそばを抜け出て、パラム峠を過ぎ、九井峰に登り、しばらく子供のように無邪気に遊ぶ。 天皇峰が何キロも空を越えてスクリーンのように目の前に広がっているため、自然に視線が向かう。

九鼎峰の頂上から平穏な心を岩の上に添えていた時であった、どこからかハーモニカの音が聞こえてくる。 哀切な音色だ。 何故か若かりし頃の恋愛を思い出す。今思うと何かと照れるラブレターを歌詞に目立て口ずさんでみる。もう戻れないその時を思い出しながら口元に笑みを浮かべてみる。

珍しいことである。九井峰は頂上部に9つの穴があり九井峰と呼ばれているのだが、その石穴の中に水が溜まっており、カエルがいて、オタマジャクシが見える。どうしてこの高地の直射日光が照りつける熱い石穴で生きて行けるのだろうか。

見どころの多い山である。 ナムグン岩や筆鋒(ピルボン)、将軍石、大岩顔と名づけられそうな所がまだ数十ヵは所ありそうだ。 下山中、稜線の角を曲がるたび自然と声が出るほど驚いてしまう。 どの地点でも天皇峰が中心点となり四方を支配するというのが月出山登りの特徴とみる。下山道の距離は5.8Kmと言われているが感覚的に10Kmはあるように感じる。下山途中にある休憩場のきれいで冷たい渓谷水に顔や手足をつけてみる。肌に触れる水の感触は言葉では表現できない。

九井峰から0.6Km進んで行くと高さ8.6mの磨崖仏があるという標識が見える。そのままやり過ごすにはもったいない。湖南(ホナム)の磨崖仏はまだ見たことがない。磨崖仏には汗を流した石工たちの苦労と努力が心の表情となり、そのまま見る人に伝わる温かさがある。

下山路の終着点には道岬寺(トガプサ)という千年という歴史を持つ古いお寺がある。 導線国事を称える高さ数十メートルの神道碑と、広く格調のある碑閣室があるように、導線国師が建てた寺院である。法堂の建物の中に石造花があるのを初めて見た。 一生忘れられない瞬間であった。10分ほど上がると到着である。庭園の入口のように作られた門の間から見える大雄殿と調和した樹木はまさに一幅の絵である。

大雄殿の内部は実に高くて広い。 その下に涼しい床があり、 空気循環が上下左右に極めて円滑だ。顔を涼しい床につけてしばらくしていると頭が冴えてくる。 この国の民に幸せを与えるべく深く考え込む。ずっと記憶に残る旅行になった。

朴魯忻(パク・ノフン)

朴魯忻(パク・ノフン) 1955年 12月 9日

- 忠貞公・朴彭年(1417~1456、太宗17年~世祖2年、有名な死六臣の一人)の17世孫

-高麗(コリョ)大学・経営学科卒業・学籍番号74

高麗大学・経営大学院卒業

韓国放送大学・国文学科卒業

韓国放送大学・中文学科卒業

ニューヨーク勤務5年

東京慶應大学・1年修學

최승준 기자  csj6032@naver.com

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