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"歴史的苦痛は二度と無くては"…日本で平和に寄与する人材の養成"私の人生、私の道"
아시아씨이뉴스 | 승인2019.07.08 10:25

'在日教育事業家'シン・ギョンホの金井学園理事長/苦しい東京留学生活/高校生の時、518民主化運動の経験/息苦しい1983年、兄の勧めで日本に/排他的な日本人の間で気苦労/留学生会幹部担当し、人脈広げ/故キ厶・ヒス元中央大学理事長との出会い/留学生に"韓国未来の柱"激励/'民族の自尊心見失うな'、支援も/キ厶元理事長教えが人生に影響/教育事業を広げて、似た道歩む/韓国の青年達に言いたい事/"民族が雄飛する新しい時代十主役/汗を流すのにケチをつけるな"/日本貿易報復に両国の関係にひびが入るが/半導体投資増やす機会にすべき。
 

"アジアの平和と繁栄に寄与するアジアの人材を育て上げる事が使命です。 韓国の青年は先輩達が経験したように冷酷な国際現実に二度と踏みにじられない事を願っています"。

在日教育事業家であり、教育家のシン・ギョンホ(56)の金井学院理事長が言った。 日本で36年の歳月を送った彼は大韓海峡を行き来しながら日韓教育・文化界に根を下ろした人物だ。 肩書きも金井学院の理事長の他、日本の国士館大学教授、秀林外語専門学校理事長(校長)、韓国水林文化財団常任理事など、様々な分野がある。

昨年、新理事長と二度目の出会いを果たした時である。ある同席者が酒を"日本酒"と呼び間違えた途端かっとなった姿が未だ頭に残っている。これは'緑茶を日本茶と呼ぶ事と同じだ'と言う理由からだ。 サケは韓国語で"清酒"と呼ぶべきだと言う。日本で長く生活した方々に会うとそのほとんどが日本の意識と論理に同化した姿が発見できる。何かを守ろうとする彼の姿が変わり者であると感じた理由だ。

 

新理事長に会った1日は日本政府が韓国に対して半導体核心素材などの輸出規制の強化方針を発表した日だ。 東京は一日中雨が止み降りを繰り返し、どんよりしていた。 ギスギスした日韓関係の現状を見せつける様な天気であった。
 

やはり一番気になるのは日本になぜ渡って来たのかである。出発点で始めた。"光州で高校を通っていた時5・18民主化運動の衝撃的状況を経験した。 その後,光州で大学に入った。 (ギクシャクした状況で)日本にいた兄がこんな状況では弟の身に危険が及ぶと思い、祖父と父を説得した。 それで日本に来た"と述べた。 冷戦の真っ只中の1983年の事である。

 

韓国では、土木学を1年勉強した。日本では日本大学法学部政治経済学科に入学し社会科学の勉強を再び始めた。"私達の意志ではない他人の主導で国が蹂躙され、国家指導者はそこに媚を売る暮らす姿を克服しなければならないと思った"と言うのが専攻変更の理由だ。

東京でアジアの平和と繁栄に寄与するアジアの人材を育てるシン·ギョンホ金井学院理事長。= 東京=キム・チョンジュン特派員

当時130人余りに過ぎなかった東京留学生の生活は苦しかった。映画俳優チェ・ジヒが東京赤坂の焼肉屋でアルバイトをしていて、山の様に積まれた皿を洗った。手が裂け、荒れて人に会うと握手をするのが恥ずかしいほどだったと言う。 特に"日本は今もヘイトスピーチ(Hate Speech:嫌悪発言)と言う言葉にもならない排他性が存在するが、その時はさらに酷かった"と当時の雰囲気を伝えた。 厳しい生活の中でも兄の影響で在日韓国留学生会の渉外部長、事務局長など幹部職を引き受け在日同胞社会の関係者達と会う機会を持った。

 

まさにこの機会が新理事長の人生に大きな影響を与える縁へ導いた。在日同胞事業家の故キ厶・ヒス(1924∼2012)前中央大学理事長との出会いだ。 キ厶元理事長は慶尚南道昌原(キョンサンナムド・チャンウォン)、新理事長は全羅南道高興(チョンラナムド・コフン)出身。 一世代を飛び越えた"慶尚道と全羅道の意気投合"であった。 2015年1月、キ厶元理事長3周期を迎えて発刊された'民族愛と大きな(光)人間キ厶・ヒス'という追悼文集で新理事長はこのように回想した。 "その日先生は"皆さんは韓国の未来の柱だ""民族の誇りを失うな"と述べ、いろんな面で支援を約束して下さいました。先生は特に私を近く置き、大きく信頼して下さり結婚式の仲人も引き受けて下さいました"。

 

1938年日本に渡って来たキ厶元理事長は1960年代不動産賃貸業など事業で大金を儲けた。塾の名称である'金井'はキム元理事長の日本の姓である"金井"から始まった。'学べば生きれる'の一念で1986年金井学園を設立し、教育事業に参入した。1987年ソウルで中央大学を買収し、1988年には東京に樹林外語専門学校を開く。樹林外語専門学校は日本で専修学校以上の教育機関の内、韓国語科という名前で学科が開設された最初の事例だと言う。普通は"朝鮮語科"という学科名が付く。

 

新理事長は樹林外語専門学校開校を準備してカウンセラー、教務部長、副校長を経て2005年から金井学園理事長と傘下の樹林外語専門学校・樹林日本語学校校長として在職中だ。

 

彼が楽な道を歩んで来たと考えるのは全くの誤解だ。1990年代初め、日本のバブル経済の崩壊でキ厶元理事長の事業が危機に追い込まれた後、地道に維持されていた学校は苦しい1990年代末、韓国金融危機により直撃を受けた。 大きな苦難の始まりである。

新理事長は"金融危機が発生して韓国人学生が引き潮のように抜け出した。廃校したくてもできなかった。国民銀行東京支店から借りたお金1億5000万円と教職員の退職金など計3億5000万円が必要だった。 その金がなくてドアを閉められなかった"と話した。 彼は結局,中国とベトナムに目を向けた。通訳一人のみ同行し、中国やベトナム各地を回りながら,大学や留学院の関係者に会って学生を送って欲しいと物乞いをした。中国では"白酒の試験台"にも何度か入ったと言う。


そんなに焦る必要があったのだろうか。"若い時韓国の田舎から日本へ渡り、学校設立に身を投じた夢が崩れるのと同じだった。 何よりこの学校が亡びれば在日韓国人が日本社会の笑い物になると言う事を堪える事が出来なかった"と述べた。

熱情が通じたのか中国とベトナムの留学生を誘致し学校は新たな転機を迎えた。現在日韓通訳翻訳学科、日中通訳翻訳学科などが設置されており、この学校を経た学生が一万人にのぼると言う。

 

中央大学を買収していたキ厶元理事長は李明博(イ・ミョンバク)政府が発足した2008年5月、斗山(トゥサン)グループに学校法人の経営権を渡して手を払った。2009年斗山グループで、経営権の譲り金として受け取った資金で樹林文化財団を設立した後、文化事業に力を入れていた所、2012年に死亡した。新理事長は現在、ユ・ジンリョン元文化体育観光部長官が理事長を務めている樹林文化財団の常任理事としても活動している。先月東京の韓国文化院で財団創立10周年記念式と公演があった。

 

新理事長は国士舘大学21世紀アジア学部教授で教育事業者でなく、教育者の役割も果たしている。1999年、樹林外語専門学校が危機に直面した際に生計の維持のため、時間講師としてスタートし、2002年から副教授に転任発令が出て在職中だ。

 

彼はアジアの平和と繁栄に寄与できる人材の養成に力を入れている。 2002年からその一環として学部在学生を高麗大学で一ヵ月間研修するプログラムを続けている。このプログラムで韓国を訪問した学生が1800人に達する。

 

"韓国に勉強しに行く学生たちに午前には韓国語を勉強し、午後には歴史博物館にも行って韓国文化を体験し、韓国の友達もたくさん作るよう助言する。不便だと互いに隠して逃げてはいけない。不便でもお互いに学ぶべき事は学ばなければならないと思う。アカデミーとは、真理、正義、真実を追求する事だ。それを教えるのが教授という職業だ"。

新理事長は過去から続く日韓関係の(縁)を強調する。"日本に鉄、稲、漢字、仏教のような先進文明を伝授した渡来人が輝かしい日本文化形成の原動力になった。そうした点で韓民族は本当に優秀な民族だという自負心を持っている"と述べた。


1983年以来、ギクシャクした両国の関係を見守った新理事長は最近日本の貿易報復に物申す事がある様子だった。"日本の半導体核心素材に対する輸入規制強化を重く見る。ところが1965年の日韓国交正常化以降、対日貿易黒字を出したことがない。今回の危機を通じて素材·部品研究開発への投資を拡大し,危機を機会に変える知恵を発揮しなければならない"と指摘した。

 

その一方で日韓関係の将来を明るく見た。 新しい世代の日韓交流は政治的敵愾心に簡単に左右されないという理由からだった。 ただ"日本では少数だが韓国を深く鋭く研究する人々がいる一方、韓国は日本をややそよそしく見る傾向がある"と懸念した。

 

教育者として故国の後輩の若者に苦言も残した。 "汗を流すのにケチをつけるな"という事だった。 "韓半島(朝鮮半島)の分断を終息し、新しい時代を開く未来の主役は今の若者達"とし"絶えず汗を流して健全な精神に健康な体力を養わなければならない"と呼びかけた。 続いて"厳しい国際現実に蹂躙された歴史的苦痛を繰り返さないためにはもっと広い心と熱い熱情でせっせと動く後輩達がたくさん排出されることを望む"と強調した。

 


東京=キム・チョンジュン特派員 ck@segye.com

●シンギョンホ金井園理事長は… △全南高興(1963) △日本大法律学部政治経済学科・政治学 碩士・国際関係学博士△国史館大学教授(現)△学校法人金井学院樹林外国語専門学校理事長・校長(現)△樹林文化財団常任理事(現)

 

 

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